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寺の道しるべ

菅山寺(かんざんじ) 余呉三山

 

もとは龍頭山大箕寺と称しましたが、平安時代前期に菅原道真公が宇多天皇の勅使として入山、3院49坊を建てて大箕山菅山寺と改名しました。

余呉湖辺の川並村に生まれたと伝わる菅原道真が幼少の頃、勉学に励んだと言われる真言宗の寺です。

現在は無住で里坊弘善館で菅山寺宝物を展示しています。

山門前に残る大木は菅原道真公お手植えの欅(けやき)として伝わるものです。

 

洞寿院(とうじゅいん)  余呉三山

 

室町時代前期、如仲禅師の開山で、丹生川上流の菅並からさらに支流、妙理川をさかのぼった渓間にあり、この地が中国の五台山に似た風景の地なので選ばれたと伝わります。

湖北の曹洞宗を代表する寺で、修行の道場として大勢の禅僧を養育し宗派を広げました。

坐禅堂があり、座禅体験を行うことができます。

 

全長寺(ぜんちょうじ)  余呉三山

 

 紫陽花とだるま寺としても知られ、本堂は県指定の有形文化財。門前の25.5mのスギの大木は県指定の名木にも指定されています。

賤ヶ岳合戦の柴田軍の武将で、勝家の身代わりとなった毛受勝助(めんじゅしょうすけ)の菩提寺でもあります。

紫陽花の見頃は6月中旬~7月中旬。

 

光勝庵(こうしょうあん)・安養寺(あんようじ)

 

安養寺はかつて国安草岡神社境内にあった寺院でしたが、本尊十一面観音は国安光勝庵に移され今日に至っています。(市指定有形文化財)

 

源昌寺(げんしょうじ)・中林寺(ちゅうりんじ)

 

明治10年、上丹生の3つの禅坊が廃寺になり源昌寺に統合されました。

その中で中林寺は菅山寺末寺として、丹生神社境内にあった寺院で、本尊と前立の二体の聖観音が祭られていました。

現在は上丹生の源昌寺に安置されています。(本尊は秘仏)

 

残景寺(ざんけいじ)

現在の残景寺本堂は、文政11年(1828年9に再建されたもので、そのお祝いに踊られたのが下余呉の太鼓踊りだといわれています。

賤ヶ岳合戦のときに、前田利家の家臣・横山半喜長隆をかくまったといわれ、以後残景寺の当家は横山姓をなのるようになったとも言われる。

 

吉祥院(きっしょういん)

 雨森芳州の先祖は中之郷出身で、当寺の檀家でもあった。現在の境内地を寄進し、雨森家代々の墓がある。

また、賤ヶ岳合戦のときは、横山半喜長隆が自害し葬られた地です。このため吉祥院を菩提寺としました。